DATE: --/--/--(--)   CATEGORY: スポンサー広告
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
DATE: 2006/02/19(日)   CATEGORY: 未分類
大学院は出たけれど・・・

文部科学省が大学院のドクターコース修了者に対して博士号をとることを奨励して早や10年あまりがたちました。私が院生だったころは、博士号、とくに文学博士なんて、定年間近の教授が今までの研究をまとめた大著でもらうもの、という意識がありましたので、40代以上の研究者には博士号をとる機会を逸したという人がたくさんいます。私も40歳をすぎてから、出身校以外の大学で取得しました。でも、今の院生はドクターコースの最終年に博士論文をほとんどの人が書いてしまいます。
でも、彼らには大学教員や研究職の就職先はまずありません。少子化で学生数が減ったのと、全国の大学から文学系の学科が次々になくなってしまうという世相があるからです。アメリカなんかでは、博士号を持ったタクシーの運転手さん(べつにタクシー業界の人の職業をおとしめるつもりはないのですが)がいたりします。日本も今にきっとこのようになることでしょう。
まだマスターコースであれば、専修免許をとって高校や中学の先生になるという道があります(これも難関ですが)。しかし、ドクターを出たらその時点でもう30歳が近づいている年齢。今更企業はとってはくれないし、かといって研究職もない。彼らはみな、アルバイトしながら研究生などの身分でかろうじて研究を続けています。
この状況を文部科学省はどう思っているんでしょうか?
市井の一市民となって、趣味として研究してゆけばいいと思っているんでしょうか。研究にはお金とともに、肩書きがかなり大事であることを、お役人は知っているのでしょうか。たとえば私の研究分野では貴重書を拝見したりお寺に調査に入ったりすることが多いのですが、そんなとき、一介の市民なら資料を見ることは出来ません。相手は「大学教授」という社会的な肩書きを信用して見せてくださるのです。私だって、しんどい授業をするよりは好きな研究と文筆だけで食べてゆければいいとお夢見ていますが、一旦大学教師の職を離れると再就職はまったく無理ですし、教授の肩書きが「効く」場合が多いので、やむなく大学に籍を置いているようなものです。
こんな時代になれば、ポストドクターは別の職業について、その合間に研究成果を発表してゆく、ということになるでしょう。では、どんな職業がいいか?(これから書くことは、ほとんど冗談なので、ポストドクターの方は怒らないでくださいね)見栄えする男子はホストをお勧めします。
阪大生の肩書きを利用して客を脅したホストが先日捕まっていましたが、研究者兼ホストというのは、たとえば客層を撰べばなかなかいい実入りになるのではないかと思います。
そこで、「仏教文学を研究する女性研究者専用」のホストクラブなどはいかがかと・・・・。以下は私の妄想です。

今宵もホストクラブ「蓮華」(レンカ、と発音してください)には、日頃の研究成果を胸に秘めた凄腕ホストが黒服で勢揃いしている。彼らの専攻は国文学、仏教学、歴史学、などである。昼間は図書館にこもって勉強し、夜は華麗なホストに変身するのだ。
クラブの内装はごくシックにしてあり、かすかな白檀のお香の香りが漂っている。ところどころにさりげなくおかれた小振りな仏像は国宝級のものが揃えられている。
ホストは20代後半のドクター出たてから、40代までが待機している。20代ホストの源氏名はみんな稚児のように「若」がつき、30代の男盛りホストは「金剛夜叉」「愛染」などのように明王や菩薩の名前(如来はない。まだ成道していないから)、そしてあまり売れない40代ホストは「阿弥号」がつけられ、主に別室で茶を点てている。
・・・黒テンのロングコートをクロークに預けて「蓮華」の入り口をくぐった私を、黒服たちが勢揃いして迎えてくれる。音もなく近づいて私の腕とったのは、ひいきにしている「軍荼利」だ。長身に切れ長の目が利発そうに輝く彼は、新しい資料を探してくるプロでもある。
「田中さま、いらっしゃいませ」
ソファーに腰掛けると、軍荼利は恭しくダウンサービスする。
「お飲み物はいつものでよろしうございますか」
鷹揚にうなづくと、すぐさま「玉若」がロマネ・コンティのボトルを運んでくる。
「田中さま、今日は新人が入りましたのでぜひご紹介を」
私が近づいてきた影に目をやると、初々しい感じの青年がついと跪いて名刺を差し出してくる。
「花若、でございます。専門は真言密教で」
「あら、じゃあ血脈は?」
「はい、T大の仏教学出身です。師匠はS木教授です」
「花若は最近、名古屋の貧福寺へ出入りしているんでございますよ」
「貧福寺は一度しか行ったことはないわ。あそこは宗門の人でも見せてくださらないというけど」
花若はそっと私の耳元へ寄り、声をひそめて、
「僕の実家が真言宗なんですよ。豊山派なんですが」
「じゃあ、嘉瀬寺へも?」
「もちろんです。あそこには」
と、花若は私の目を見つめ、
「・・・縁起があるんですよ」
私が驚いて見せると、軍荼利がそっと手をとって、手のひらにゆっくり梵字を書いてみせる。
「鎌倉末期書写だそうですよ。表紙には・・・この文字が」
「キリークね。ということは例の観音関係の縁起?」
二人はにっこりと頷いて見せる。
軍荼利は「田中さまになら、写真版をお貸ししてもよろしいですよ」
「まあ、ぜひお願いするわ。じゃあ、いいこと教えてもらったお礼に、ドンペリ入れるわね」
私の言葉が終わるか終わらないうちに、軍荼利がさっきとはうって変わったよく響く声で、「ドンペリピンク、いただきましたあー」
早速よく冷やされたシャンパンが運ばれてくる。ホストクラブといえば、ドンペリコールである。ここでは全員で、客がリクエストしたものをやってくれるのだ。
「田中さま、いかがいたしましょう。光明真言も出来ますが」
「いいえ、声明でお願い。魚山流でね」
「承知いたしました」
と、あたりは荘厳な声明の響きに包まれるーーー。

ああ、あほなことを書いてしまいました。
しかし、こんなホストクラブは絶対無理ですね。お客が限られているうえ、研究者にはお金がないもん。
「夜王」で、女性教授が帯封のついた百万円でホストを買う場面があったが、私なら、百万円あったら日本大蔵経か神道大系を全巻買うね。
こんなことが、現実になりませんように・・・。
スポンサーサイト
[ TB*0 | CO*1 ] page top
DATE: 2006/02/10(金)   CATEGORY: 未分類
大学教師のお休み時間

やっと入試が終わって、少しほっとしているものの、今は卒業論文の審査と、自分の勉強で手一杯です。
ブログの更新が遅れてしまいましたが、読み返すと誤植がいっぱいありましたね(^^; 学生に「レポートはちゃんと読み返して提出するように」などと日頃言っているのに、なんということでしょう。

さて、今日は、大学教師がお休みに何をしているか書こうと思います。しかし、これはあくまで文系の、しかも日本の資料を対象としている研究者に限ったことですので、理系などの方はたぶんもっと違うだろうと思います。
たとえば美容室に行ったとしましょう。私が一番嫌な質問は、「今日、お休みなんですか?」というもの。研究日や夏休みの平日に美容室に行くことがあるので、美容師さんも不思議に思うのでしょうね。大学教師だと答えると、たいがいはこんな反応が返ってきます。「大学の先生って、お休みが多くていいですねえ」
これを聞くと、いつもいつも嘆息してしまう私なのでした。大学教師が「お休みが多い」というのは、確かに、サラリーマンなどに比べるとそういえるでしょうが、その実態はとても「お休み」などといえるようなものではないのです。
まず夏休みですが、私の勤務している大学は7月いっぱいまで公務が詰まっていますので、実質休みといえるのは8月の一ヶ月間です。その間、外国のことを研究している教員であれば当然のことながら海外へ資料収集に行ったり、フィールドワークに行ったりしますね。日本のことを研究している人ならば、時間的に普段見ることの難しい資料の調査(私ならば、お寺や特殊な文庫で実際の写本や版本を拝見します)をします。そして、たまっている論文や原稿の執筆も・・・。なぜか論文の締め切りを9月末に設定する雑誌や本が多いんです。また、私は毎年夏に本の書き下ろしをしますので、8月は正直言って大学で教えている以上に忙しいです。
8月になると、自分に「戒厳令」をしいて、ずっと執筆(行き詰まると資料調べなどをはさむ)のため座りっぱなし。食事と買い物以外はめったに外出もしません。もちろん、部屋着にすっぴんですので、わざわざ着替えて外へ行く気にもなりません(9月まで一度も化粧しなかった年も多いです)。これが苦しいけれど、本を作り上げてゆく楽しみは一度味わったらやめられないので、毎年同じことをしてしまうのです。
奥泉光氏の『モーダルな事象』という小説には、東大阪のとんでもない短大の助教授が夏休みなんにもしなかった、というくだりが出てきますが、まあ、研究を放棄してしまった人はこんなのかもしれませんね。
しかし、大学で専門的な学問を教えるためには、自分の研究をしなければ絶対だめだと断言していいと思います。10年前のノートで授業するような教師は早く見限った方がいいですよ。研究は、どんな分野でも日々進んでいるものですから。
こうして9月になると、会議なんかがあるので大学へ出て行くことになり、甘美で苦しい夏が終わるのです。春休みは入試業務で忙しいし、結局、「休み」にちゃんと休みがあるのは学生さんだけですね。

でも、これはあくまで私の場合ですので、すべての大学教員にあてはまるわけではありません。理系の研究者なら大学に機材があるので夏期休業中でも毎日大学へ行くでしょうし、文系の人でも研究室に本を置いている場合はやはり大学で研究します。家族のいる研究者なら、大学の研究室を書斎として使っていることも多いでしょう。私は大学が家から遠いのと、必要な本を自宅に置いているので自宅で研究するというだけのことです。自宅ならどんな格好していても誰も何も言わないし、猫もいるし、好きなときに食事やお茶も摂れますので。

このような事情がありますので、「大学教師はお休みが多い」などと安易に言うのはやめてほしいと思いますね。今の時代、勤労者のほとんどがサラリーマン(いわゆる会社員)だからといって、それを基準に考えてもらっても困るのです。人の職業は多様ですし、会社員だけが世の中を支えているわけではありません。「何か」を「ふつう」だと考えてほかを切ってしまうような風潮はとても危険なことではないでしょうか。私は買い物に行って「奥さん」などと呼ばれたら、決して返事しません。40代の女性がすべて「奥さん」だという考え方じたいが古すぎるのです。「この年代はこうあるべき」というような固定観念を持っている人の頭は、きっと古いタイヤみたいにかちかちになっていることでしょう。だから、会社員だって、「会社を出たら、飲み屋で上司の悪口いってりゃいいんでしょう?」と言われたらきっと嫌だと思いますよ。「いいですねえ、学生なんて、遊んでりゃいいんだから」と言われても学生は嫌でしょう?「専業主婦は気楽ですね」というのも禁句ですね。自分が知らない世界のことには想像力を及ぼさない、というのは、感性の怠慢ではないでしょうか。こんな、職業や生き方に対する固定観念を一度壊すべきだと思いますね。

[ TB*0 | CO*0 ] page top
Copyright © 夏への扉,. all rights reserved. ページの先頭へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。