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DATE: 2007/02/25(日)   CATEGORY: 未分類
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DATE: 2007/02/24(土)   CATEGORY: 未分類
『明治ニュース事典』と夢の話
・・・といっても、これは二つの、何の脈絡もない話題のことです。
本日、大学院後期入試が終了し、入試騒動は一段落いたしました。
あとは、原稿二つ書いたら春休み・・・おっと、三月にはウイーン大学にて特別講義をするのです。そのあとは、ゴーレムのふるさと(ということしか頭に浮かばない。だいたい、私が「プラハ行く」と言ったら、誰もが「ゴーレム?カフカ?」しか言わん)プラハの春を楽しむ予定です。

さて、今日、同僚のK先生から面白い本を教えていただきました。
『明治ニュース事典』(毎日コミュニティーズ)です。
近代などをご研究の方々は、「なにをいまごろ」と冷笑されるとは思うのですが、古典専門の人はあまりご存じではないはず。
これは慶応から明治末年までの主要ニュースを年代順に編纂した本なのです。それぞれの巻は、項目が「あいうえお」順に並んでいます。ただし、現代仮名遣いになっているのが玉にキズだそうです。
私がこんなものを読んでいるのは、鴎外の「鼠坂」論を書かなくてはならないからです・・・。
(私は鴎外が本当はあまり好きではないのですが、なぜか、読めば読むほど頭がおかしくなるような不思議な感覚になる作品があるので、それは妙に気になります。それに、私だって森茉莉さんとおんなじような境遇ではあるし・・・単なる町医者の娘だけど)

この事典、最終巻だけ借りて来て、電車のなかでざっと目を通しましたところ、

 おもしろいです!!!

たとえば、西太后失脚のところなど、

「西太后、五十年にわたり政権を掌握」(明治41年11月17日、大阪毎日)(略)芳紀十七、選ばれて宮中に入り、咸豊帝の妃として三千の寵愛を一身に集め、(略)

とあります。古典研究者ならすぐにわかる、「長恨歌」のもじり、というか、そのまんまです。あの西太后、美人だったんでしょうかね。
新聞にこのような「文飾」がなされていたよき時代、というべきでしょうか。このころの新聞記者(これは、「鼠坂」にも出てきますが、かなりのごろつきふうに描かれています)には、今の人から見れば「教養」があったのかもしれません。今の新聞の「悲しみの帰宅」などといった紋切り型よりも、いうなればもっと紋切り型なんですが、しかし、西太后もこう書かれたら気分悪くないでしょう。

このころは、南極探検隊の白瀬中尉の話題が、やたら出てきます。ほかにも、中央線が名古屋まで開通とか、陵墓の確定をやったとか、白木屋の話とか、話題満載です。
お寺とお坊さんの話題には、仕事を忘れて目が引きつけられます。明治末年ころ、身延山が日蓮宗の本山になるんですね。その前には、池上本門寺のご門主さまが亡くなったりと、日蓮宗にもいろいろな事件があったことがわかります。

ああ、これ、あと全部見なくちゃ・・・。

さて、次はまったく関係のない夢の話です。
実は私、15歳からずっと「夢日記」をつけています。
なぜ15歳かというと、ちょうどその年、安部公房の『笑う月』という夢記のような小説集が発刊され、それに刺激されて自分もつけてみようと思ったからです。
後日、同じようなことをしていた明恵さんを知り、非常に親近感を覚えましたが、明恵さんの夢はやっぱりお坊さんっぽい(当たり前だ)ので、筒井康隆のようなはちゃめちゃぶりがないのがものたりません。映画の「未来世紀ブラジル」みたいな感じ、がないんです。
「夢日記」といっても、毎日全部の夢を記録しているわけではなくて、記憶に鮮明に残っているものがあるときだけ、枕元に常備してあるノートに書き付けておくだけです。あるときはテープレコーダーを使ってみましたが、これは、朝のぼけた声が、何言っているのかわからないまま録音されているだけで、すぐにやめました(朝、非常に寝起きが悪いのです。ほとんど「ゾンビが墓場からはい出てくる」といった感じで目覚めます。起き抜けに道路を歩いたりするとほんとうに車にはねられそうになったりするから危険なので、少なくともでかける二時間前に起床しています)。
ちなみに、枕元ノートはいつでもメモがとれるように置いてあるものです。中国では「馬上、厠上、枕上」といって、この三カ所ではアイデアが浮かびやすいらしいのです(出典、失念)。で、私も「枕元、トイレ、車ではメモできないのでお風呂場」にメモを置いています。筆記具は鉛筆がベストです。ペンだとにじむ。お風呂場のノートはもちろんポリ袋に入れてあるんですよ。

この「夢日記」のノートは誰にも公開したことがありません。かなりたまっていますが、なかにはとても整ったストーリーのものもありますので、夢を見るのが楽しいこともあります。私の場合、色、匂い、感触、味、すべてが揃っている(ように感じているだけかも)夢です。しかし、悪夢、というのも確実にあるもので、これは数日間気分が悪くなることもあります。
私の夢には、なぜか定期的に出てくる「街」があるのです。もちろん架空の街でしょう(あったら怖い。スティーヴン・キングみたいになる)。それはこんなふう。
街はずれは赤茶けていて、「疱瘡神」のいしぶみが建っています。すすき野原を抜けてゆくと、ざわついた飲み屋(飲み屋が出てくるのが私らしいかもしれない)が、まるでカスバ(行ったことありません)かフェズ(ここも行ったことありません)のように、迷路状になって立ち並んでいます。どこも外から座っている人々が見えるのですが、抹茶色ののれんがかかっていて顔はみえない(このへん、精神分析の人が好きそうなイメージですね)。
迷路を抜けると、そこはなぜか断崖絶壁(隠岐の断崖に似ています。ここは行ったことがある)の下に、白い波がわれてくだけてさけてちるかも(実朝ね)。

この「街」がずっと昔から(まあ、飲み屋、というものにゆくようになってから、」くらいですね)たびたび夢に出てきて、そのときどきで「事件」が起こるのでした。
そういえば、SF作家の石川喬司さんも、「夢の街」シリーズを書いてましたね。ま、山尾悠子さんみたいな美しくもグロテスクな夢ではありません。

さてさて、昨夜はひさしぶりに「夢日記」の一ページを埋めました。「街」の夢ではありません。名付けて「古典文学の夢」?

「私」がある古いお寺で古文書調査をしていると、ぼろぼろになった巻子本(巻物)が出てきて、苦労しながらひもといてみると(ノリがはがれた巻子本ほど広げにくいものはない)、これは「宇治十帖」の「並びの巻」なのでした。「並びの巻」とは、ごく簡単にいえばある巻と同時期に起こっていた事件や出来事を書いた別の巻のことです。その名も「黄揚羽の巻」(これは、「千年の恋 ひかる源氏物語」というくっだらない映画に、揚羽の君という架空の語り手が登場したせいかと思う)。
虫食いがあってぜんぜん読めません。だいたい、夢だとこういう「世紀の大発見」は絶対読めないことになっています。読めなくて読めなくて苦痛になってきたとき、場面展開。このへんが、いいかげんな夢の話ですが。
気が付くと、「私」は天台座主になっています(昼間、電話で父と話して、「81歳でもがんばらんと。天台座主さんなんか、89歳やでえ」と言ったことに由来すると思われる)。ときは当然南北朝時代(みたい)。「お山」(「山」といえば比叡山)は貧乏になっていて、ふすまなんかはぼろぼろで、食べ物もないのです。そこへ、ある猿まわし(このへん、室町時代、入ってますね)が世にも美しい、とも思われない少年をつれてきて、お座主さんの稚児にしてくれという。見れば、少年はいやにつるんとした顔で、髪はぼさぼさですが、異様なのは手足がまるで細い棒のようにまっすぐなのでした。関節もないくらいまっすぐに見えます。「私」は猿まわしに米をめぐんでやると、その少年に「かはまろ」(これは稚児の名前としては変。貴族に使える雑色クラスの名前です。本来なら「玉若」とか「花丸」などにするものです)と名付け、「だっこ」するのですが、かはまろはとっても軽くてまるで今にも風で飛びそうに思えます。そこへなぜか水干を来た品のない若者たち(水干も実は変)がやってきて、かはまろにアゲハチョウの作り物(黄色だった)を梅のずはえ(若枝)に刺したものをひらひらさせてこんな今様を歌います。

かはまろ いつか てふになる てふになる

あまりに現代的な言葉使いなので、「教養のなさ」がバレバレ(^^;
かはまろは「私」に「だっこ」されたまま、作り物の蝶を見ているのでした・・・。

夢はここで終わり、いや、これ以後は覚えていないのかもしれません。
分析するに、ここには昼間の他人との会話と、「蝶々」のイメージが反映しているようですね。私はあまり蝶々は好きではないのですが、「黄揚羽の巻」もそれと通じ合っているようです。蝶々を見かけるような季節でもないのに・・・なぜでしょう。
それに「かはまろ」は私のBL趣味(そんなもん、ないわい)ではなく、うちの猫が姿を変えて出てきたもののようです。猫はいつも「だっこ」していますから。昨日は、机の前に張り付いている私のところにしばしば顔を出しては「まだ?」といって鳴く猫があまりにかわいくて「だっこぜめ」してやったのでした。

もし夢で「黄揚羽の巻」が読めていたら・・・小説くらいにはなったかもしれませんね。

ちなみに、私の「夢の使い方」を特別伝授。
これは、論文の資料はほぼ揃っているにもかかわらず、まったくそれらがつながって見えてこないときにのみ、有効な手段です。
まず、寝る前に、集めた資料をとにかく全部、さっとでいいので読みます。これは絶対「全部」でなくてはだめ。
その後、むりやり寝ます。眠れない人は薬に頼ってもOK.
朝、頭に浮かんだことを枕元にメモします。どんなささいなことでも言語化していなくても、とにかく書いておく。
後で読み返すと、あら不思議。なんとなく、資料がつながっているではありませんか。
これを「睡眠学習法」と呼んでおります。今まで、二回、成功して論文になりました。

脳の本を読むと、睡眠中は、昼間得た情報を「海馬」が整理してくれるというらしく、この方法もそれで出来るのかもしれません。
ただし、これ、私以外の人はまだ誰も成功していないのですが・・・。

「夢日記」、まだまだ続く。
いつか、明恵さんの「夢記」みたいに、誰かが私の「自筆本」を発見してくれたら・・・なんて、思いませんよ。
夢はあぶくと消えてこそ夢。
うつしよは夢、夜の夢こそまこと、と言った人もいますけど。
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DATE: 2007/02/20(火)   CATEGORY: 未分類
頂戴したご本を紹介します
やれやれ、やっと入試業務から解放されたかと思ったら、卒業論文試問、修士論文試問、卒業判定、大学院入試など、まだまだ用事があったのでした。
昨日、大学へ行く前に、同志社大学の図書館へ本を借りに行ったら、地下鉄の出入り口で見知った顔とばったり。駒澤大学のSさんと学生たちです。「遊びに来たの。北野さんへ行くんだけど」とのこと。バス乗り場を探しておられたのでした。
駒澤って、もう春休みなんですか? うらやましい・・・・。

さて、今回は(余談。卒論の書き出しに「今回は・・」と書いている人が多かったけど、進学しない人には「次回」はないはず。なんだかおかしいです)、頂いたままであった本のなかからおもしろかったものを二冊紹介します。

一冊め。九州大学の今西祐一郎さんから頂戴した、平凡社東洋文庫の『和歌職原鈔』です。
よく知らなかったんですが、近世の人々が、昔の官職を和歌の語呂合わせにして覚えるための本らしいです。『職原鈔』だけなら北畠親房の手になるものですが、これはまったく近世のもの。
官職には「唐名」といって、中国風の呼び方もあるので覚えるのはかなり大変そうです。また、近世になってしまうと相当変わっているのですが、昔のことを知らないと恥、なんでしょうね。

おもしろいので、いくつか書き抜きを。

   八省之歌
中務。式部民部に。治部兵部。刑部大蔵。宮内八省。

ね? ちゃんと五七五七七になっています。うまいもんです。これじゃあ覚えるよねえ。
こういうのもある。国の大小を覚えるもの。

大国は。上総下総。上野や。武蔵常陸に。奥州ぞかし。

そして最後には、

官職を。知らねば事の。あらましを。ならはんための。口ずさみなり。

とあります。こうやって本当に覚えたのかどうか、そこが知りたいものですね。
なんだか、受験勉強の頃を思い出してしまったのはおそらく私だけではありますまい。「すいへいりーべ、ぼくのふね」とかね。しかし、五七五七七にするというところがなんともいいです。

二十年くらい前でしょうか。ラジオで、受験勉強をしているらしい高校生が古文の助動詞や動詞の活用を「仮面ライダー」の歌の替え歌にしていたのを聞いて感心したことがあります。「せ・○・き・し・しか・○」を「せまる~ショッカー」の歌にしたりしてね。「○」が入っているところがせつないというか受験生的。
ちなみに、私は仏教伝来を「ごみや」と覚えていましたが、父は「いちに、いちにと仏教が」=1212年でした。皇紀なんですわ。

とにかく、今西先生、ありがとうございました!

次は、すでに朝日新聞でも顔つきで紹介された、北海道大学の武田雅哉さんの『楊貴妃になりたかった男たち』講談社メチエ、です。
副題に「衣服の妖怪の文化誌」とあるように、異性装の話です。いつもの武田さんの博覧強記(狂気? 凶器?かも)ぶりにまたしても驚きます。男性ながら女装するというのが、決して近代のものではないことがよくわかります。そしてそこには、近代におけるジェンダー云々という要素があまりないことにも気づきます。
日本だって、男が女装する場合、ジェンダーの問題でするもの(「とりかへばや」など)と、職業上の理由でするもの(「持者」という占い師のような男巫)がありますから。

なかには、武田さんご自身が女装されたというエピソードもいくつか。私は残念ながらその写真を拝見していないんですが、あの方はやや濃い顔ながらきっと美女になられるだろうと思います。「あとがき」には私も登場。化粧パレットを贈ったのですが、彼はまだ化粧を体験していないらしい。

しなさい! 世の中が変わるから。

大学院時代、よくうちの下宿に飲みに来ていた後輩の男子・Kくん(今は某県の教育委員会にいる)にむりやりファンデーションを塗ってみたら(私は男性に化粧させる悪い酒癖があるのです)、私よりよっぽどノリがよく美しくなったのでやめちゃったことがあります。

とにかく、武田さん、ありがとうございました!

あんまりよい紹介にはなっていないかもしれませんが、この二冊はおもしろいです。ぜひ、お手にとってみられることをお薦めします。

近況・その1
先日、イヴ・サンローランの化粧品を買いました。目の下に塗って寝ると、パックみたいになって朝はがせばつるつる、という不可思議な新製品をね。目の下問題に悩んでいた私は、ここ数日、乾燥から逃れられて快適です。でも・・・いつも担当してくれているBAさん(美容部員さん)は、「私も毎日塗って寝ているんですけど、いいですよ」と言っていましたが、これって、毎日使えるのは「独り寝」の人だけですねえ。だって、目の下に膜が張るんだもん。男のひとが観たらびっくりするよ。で、私は当然「毎日」使っております。ええ、猫しかおりませんもの。

近況・その2
「華麗なる一族」というTVドラマが非常な視聴率である由。私は高校生時代に山崎豊子さんの小説にはまって(そのときも、「女の勲章」がTVドラマになっていたのです)、授業中に読んでいて取り上げられた経験があり、山崎さんの(文学とか小説としてはどうかわかりませんが)リーダビリティーは認めるところです。でも、なんで今頃「華麗なる一族」なんでしょう? いまさら「鉄が日本を動かす」なんていっても、80年代生まれの人には何のことだかさっぱりわからないでしょうが。松本清張のドラマ化とともに、不可解な現象です。

ところで、「華麗なる一族」の万俵家のお屋敷があるのは、私が乗り降りする阪急の「岡本」の山の上、ということに、小説ではなっております。どこにあるんや? と思いながら通勤する私。
また、極め付きの「悪女」役をやっている「相子」さんですが、原作では「奈良高等女子師範学校」を出てアメリカへ留学し、離婚して帰国したところ万俵家の家庭教師に雇われた、という経歴になっています。奈良女子高等師範学校は、私の母校・奈良女子大学の前身ですが、ここって、今はましになったかも知れませんが、昔から「やぼったい女がゆくところ」という伝統があったんです。でも、当時は女性が行ける大学はなかったので、女子高等師範というのは一種のエリートです。また、国立なのでお金がない子女でも勉強すれば行けたわけです。というと、この「悪女」である「相子」は、お父さんが教師で大阪出身とありますから、「家から通える高等教育機関、しかも教職がとれるし、国立だから安い奈良女」を選んだ、とっても当たり前の選択をした女性なわけです(私の選択もほとんど同じだったもん)。それがどうしてあんなに悪く描かれているんでしょうね?
奈良女出身者としては、あんなに「相子」がきれいになっているのは、おそらくアメリカで自分を磨いてきたからであろうと想像します。でなきゃ、奈良女子大学出身者というのは、もっと地味な職業についていたもん(たとえば、開高健の妻である牧羊子さんも同窓生ですが、サントリーの研究所勤務でした)。
ああ、私も、世が世なら万俵家の「執事」をやれたかもしれん・・・しかし、北大路欣也と同衾するのはねえ・・・ますます右太衛門に似てきましたね、あの人。いつも「目ばり」を入れているような目とかね。

なお、山崎作品には登場人物に二つの男性のパターンがあるようです。
一つは、「ぎょろりとした目」で精力的「男性的」なタイプで、これは万俵鉄平、『白い巨塔』の財前五郎タイプ。結果的に失敗することもある役割。
もう一つは、「女のように白い顔」をした「女性的」なタイプ。「華麗なる一族」では「美馬」がそうですし、「女の勲章」では銀四郎、「女系家族」では、忘れたが踊りの師匠をやっていた男などがそう。こちらは最終的に勝つんですね。
どちらがお好みでしょうか?

では、またまた。
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