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DATE: 2006/12/31(日)   CATEGORY: 未分類
年末のご挨拶
十二月三十一日を迎えました。
このブログを始めて、数ヶ月の断絶を経ながらまた書き始めましたが、
どうやらあんまり学生には読んでもらっておらず、むしろ研究者の生活をのぞこうとする人々が読んでいる、という状況のようですね。
まあ、いいのですが。

今回は、最近読んだ本から一、二。
まずは「新韓流」の旗手、姜尚中さんの本です。
ずいぶん新書などで出ています。私は政治学というのがどうも好きではなかったので、知っていても手を出さなかったのですが、あるとき友人から勧められて『政治学入門』(集英社新書)と『愛国の作法』(朝日新聞社新書)を購入しました。
その友人(四十代女性研究者)いわく、姜さんはまともなことを言っている部分が多いうえ、「顔が趣味」だというのです。

顔?

そうえいば、姜さんの最近の本には、表紙か帯に必ず顔写真が載せてありますし、なんと『政治学入門』には直筆サインつきです。ビジュアル系学者、というにはちょっとごつい感じのお顔ですが、学者のなかではもてそうな感じではあります。

そういえば・・・私は近所の書店で女性ファッション誌を一通り立ち読みするのですが、ある雑誌に、男性俳優や作家の「顔」について書いてある記事があって、そのタイトルが「今度は学者」だったんです。もう俳優さんなんかは当たり前すぎるというわけでしょうか。そこで紹介されていたのが姜さんだったのです。知性を兼ね備えた人でなければ出せない味ある顔、などという説明文がついていました。

姜さんは、熊本にいたころ野球選手になろうかと思っていらしたそうで、たしかに身体は立派そうです。お顔も、口元にしわが刻まれているけれど、男性の場合、しわはマイナスではありませんから、知的な顔、として認知されたものと思われます。まあ、ほかの研究者の顔やガタイを考えてみると、あまりぱっとした人はいませんもの。むしろ、顔写真を出さないほうが売れるのでは? と心配する方もいますね。

私も姜さんタイプの顔は嫌いではないので、早速二冊読みましたが、非常にわかりやすかったので、これはビジュアルと内容のやさしさで一般読者をとりこもうとするものであろうと推測しました。これぞ、新韓流なのです、私の言う。

私が覚えている限りでは、研究者が顔を売り物にしたのは(田中優子さんなどをのぞいて、男性では、ということですが)姜さんが初めてではないかと思います。
男性も顔で売る時代なのかもしれません。
なお、作家はすでに顔で売る人がたくさんいます。
これも私の記憶の限りですが、五木寛之さんが三十代後半で直木賞を受賞したとき、かなりその顔で騒がれたことがあったように思います。今でこそ老年の境地に達している五木さんですが、若いときは九州男児的な濃いめの顔で、好きな人は好きだろうと思わせるような感じでした(恥ずかしながら、私も濃いめの顔が好きなので、五木さんのデビュー当時の写真を見ては、「今、この顔でいてくれたらなあ」と嘆息しています)。

こうした、「顔」への興味があって、以前ある編集者に『文豪は顔で読め!』という図版いっぱいの本を書きたいのだけど、と提案したのですが(たとえば、濃いめ顔が好きな人は志賀直哉タイプ、ひげフェチには白秋や漱石、細め好きなら芥川、男は顔ではないというタイプなら梶井基次郎、などと、コースに分けて作品のハイライトを読んでもらうのです)、「遺族がいらっしゃる方は難しいですし、写真を借りるのが大変」といわれあっさり却下されました。それは、そうでしょうねえ。

このブログにも登場する小谷野敦さんは、『一冊の本』で「美人好きは罪悪か?」という連載を始めました(2007・1月号より)。こうした美人とか不美人の論はけっこうあるのに、なぜ美男の論はあまりないのでしょうか? 美人と美男との基準がどうも違うのではないか、というのが小谷野さんのエッセイを読んだ私の感想なのですが、それゆえに美男論は書きにくいのかなあ、と思います。
女性と男性とは権利などの面において「平等」であるべきことはもちろんなのですが、どうやらいろいろなことに対する感じ方の回路が違っているような気がしてなりません。小谷野さんは、ある女性を美人と認定する仕方が男性の場合ある程度まとまった数になる、と指摘されていますが、女性の場合、美男に関していえばそうなるだろうか、ちょっと疑問です。

なお、小説のヒロインの多くが美人に描かれていることに意義はありませんが、たとえば「放浪記」は美人でしょうか? また、遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」も美人ではありません(これは男性主人公が見た女性の姿、ではありますが)。「人形の家」のノラはどうだったのか? あまり美人のようには思いませんが、このへん、小谷野さんの連載に期待、です。

『オール読物』新年号で、小池真理子と桐野夏生とが男性をめぐって対談していますが、桐野さんは「猿顔」が好き、などとおっしゃっていて、必ずしも美男がもてるとは限らないことが明らかです。
男性の場合、いくら顔がよくても話がおもしろくなければだめだし、気が付かない人も嫌われます。もちろん、知力、体力、顔力が揃っていればいうことはないと思いますが・・・。

さて、一昨日、「王の男」を見てきました。
一言で言えば、韓国映画はかなりあざといところがある、ということになりましょうか。李朝の旅芸人の話というのはおもしろく、中世日本の語り物や琉球の仮面劇と似たことろがあるようにも思え、よかったのですが、なにしろ、「ここでは笑わせる」「ここでは泣かせる」といった勘所がしっかりと掴まえてあって、それがわかってしまうとややしらけるところもあります。また、時代劇なのですが、私には李朝の時代考証というのがまったくわからないので、どのくらい正確な知識によっているのか不安もありました。
ただ、女形のコンギルを演じたイ・ジュンギという役者さんは見ていて目の保養になるほどきれいでした。私は一重まぶたの男性はちょっと苦手なのですが、彼はかみそりで切ったようなシャープな一重で、それが非常になまめかしいのです。女性でときどきこういった一重まぶたの美貌の人がいますが(昔のシャーロット・ランプリングなんか)、そんな感じでしょうか。
安心して映画を楽しみたい方にはお勧めです。

映画館にはこれからの上映作品のチラシがあって、見ていると「ユメ十夜」というのがありました。十人の監督が漱石の「夢十夜」を映像化するというもので、亡き実相寺さんの名前もあります。これは学生にも見てほしいですね。大学に掲示しようと、チラシを数枚鞄に入れました。
「夢十夜」は好きな作品ですが、苦い思い出があります。
以前、なぜか中世専攻の私に『漱石研究』という雑誌から「夢十夜特集をやるのでどれか一夜選んで執筆してほしい」という依頼をいただきました。当時は近代文学なんかに手を出すのは恐ろしい、と思っていたのですが、一応「第何夜を担当するのですか」と聞くと、なんと、十人に依頼していて、早いもの勝ちで好きな「夜」を取れるのだそうでした。私は思い悩んで第三夜を選んだのですが、先を越されており、あとは書けそうにないので泣く泣くお断りをしたのです。
ところが、『漱石研究』が来てみてびっくり。近代文学専攻以外の人ばかりなので気楽に書いてください、ということだったのに、並んでいる名前はばりばり近代の研究者ばかりではありませんか。みんな、むずかしそうーなことを書いていらっしゃいました。「書かないでよかった。もし書いていたら恥かいてた・・・」と思った次第です。

この年末は、水墨画の勉強を少ししています。ちゃんと作品を見分けられるようになりたいため。仏像と仏画はかなり見分けられるようになりましたので、次は苦手意識のある水墨画にしました。
ミーハーですが、赤瀬川原平・山下裕二両氏の対談による『雪舟応援団』などの本は、私のような素人で、しかも「美術史て権威ばっかりやん」などと言っているひねくれた人にとってはよい入門書です。
今、いちばん関心があるのは、美術史ですね。来年はそうした人々とも接触を図ってみようと思っています。

では、そろそろ日が暮れたようですので、今年はこれにて打ち止め。
31日深夜から1日にかけては、いつも仕事しながらすごします。一種の験担ぎで、これをやると来年も仕事がはかどるように思うのです。
さて、くりこ(猫)にとっておきのてっさを分けてやることにしましょう。

では、来年もよい年になりますように!
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2007/02/03(土) 18:34
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