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DATE: 2007/01/26(金)   CATEGORY: 未分類
「虎図」続報
来週あたり、本の再校と校閲が戻ってくるとのことです。今は試験の採点や卒論読み、そして自分の勉強のみ。やや「優雅」な日々です。

さて、先日、京都国立博物館の特別展示「京都御所の障壁画」展と常設展の特別展「神像」「神仙図」などを見に行って来ました。特別展は、百五十年ほど前に新しくされた京都御所の御学問所や御常御殿の障壁画(今で言うふすま絵です)が初めて展示されるというものですが、私の本当のねらいは常設展です。
常設展というのは奈良博でも東博でも数百円で入場でき、いつもかなり空いていますが、これがあなどれないのです。美術史の研究者はだいたい定期的にのぞいているみたいですね。あっと驚くような国宝、重文クラスのものや、初展示ものがさりげなくあるので、これが穴場というわけです。今ではよく知られている「宝誌和尚像」(顔がわれているお像です。『表象の帝国』の文庫版表紙にも使われています)も、以前ずっと京博の常設展示に「ぼそっ」という感じて置いてありました。「一遍聖絵」がかなり長く展観されていたこともあります。

あまり期待せずに行った障壁画でしたが、一つ発見がありました。
それは、以前このブログで書いた円山応挙筆の「虎図」を手本としたと思われる土佐光文の「虎図」があったことです。
虎三匹が、竹林の中を流れる川の水を飲んでいる図ですが、やはり応挙のものよりは数段劣るとしかいいようがありません。虎二匹の姿はほぼ応挙の図を模していますが、やはり光彩は「縦」型です。しかし、目つきがまるで出来損ないの獅子舞のお獅子みたいでした。

しかし・・・やはり虎の光彩が「縦」というのは気になります。

そして次は常設展の「神仙図」へ足を運ぶと、ここには中国絵画を模したと思われる虎の図がありました。虎といっしょに三人の仙人が眠る姿を描いた絵は「四睡図」というテーマとして有名です。
ところが、この虎の光彩は「丸」なのです。これは、おそらく、日本の絵師が中国の虎の絵をお手本にしたせいではないかと思います。

かなり長い間そこで過ごし、いろいろ考え事をしながら帰宅しました。
翌日、同僚でイギリス史専門のI先生が動物園の講演の話を受けたというので、虎のことを話してみると、「動物園の人に、虎が水を飲んでいる写真を探してもらう」と約束してくれました。
本日、その回答が来たのですが、なんと、一時間待っても水を飲まないはずです、虎って、ほとんど水を飲まない動物なのだそうです(多摩動物園の担当者さんの談による)。よくわからないのですが、虎は腎臓が特別な構造になっており、尿を濾過して再利用できる体なので、猫みたいに水をたびたび飲む必要がないとのこと。

わからんことは、聞いてみるものですね。
ということは、日本における「水を飲む虎」は完全なフィクションである可能性が高くなり、そのモデルが「水を飲む猫の姿」である可能性も同時に高くなるというわけです。
「竹に虎」というのは「捨身飼虎図」のころからのおきまり、取り合わせですが、そこに「水を飲む」というイメージを持ち込んだのは、私が見た限りでは応挙が初めてではないかと推測します(それ以前にもあるのかも知れません。もしご存じの方がありましたらコメントにてご教示ください)。
もしかしたら、猫が水を飲む姿を見ていた応挙は「虎だって水を飲むだろう」と考え、「虎図」を描いた・・・かも知れません。

この問題はさらに追求することにしたいと思います。

なお、常設展の「神像」展も見応えがありました。
神さんばっかりの像ではありませんよ。初公開の仏像もありました。
会場に入って「え? どうしてここに西大寺の文殊さんが?」と思ったのですが、非常に立派な西大寺の獅子に乗る文殊像そっくりの文殊さんがあったのです。
見ればみるほど似ているそのお像は、岡崎の金戒光明寺のお像で、昨年やっと補修なったばかりである由。文殊の頭の中をレントゲンで撮ってみると、明らかに舎利が入れられた水晶塔らしきものがあったそうですが、結局開けてはいないらしい。
よくわからないらしいですが、この文殊は西大寺の律僧・叡尊に関わるものということでした。なぜ律宗と京・岡崎が関係するのかもわかっていないらしい。

これは調べてみる価値がありますねえ。時代はちょっと違うけど、岡崎といえば律宗の中心寺院の一つである善法寺も近いわけだし。

そのほかのお像も、「よくわからない」という説明が多かったので、これは研究者にとって非常に刺激になる展示であると感じました。なかでも仏像なのか、神が仏の姿を借りている神像(神仏習合の像、というべきでしょうか)なのかわからないものもあり、これはまことにお徳な展示でした。
しかし、ほとんど人が入っていません。空いているのはとてもらくちん。
ただ、常設展の場合、図録がないんですね。だから、写真で改めて確認することが出来ないのが辛いところです。

「神仙図」の部屋には最近気になっている長谷川等伯のものもあり、非常に勉強になりました。
常設展をあなどるべからず、です。

なお、最近仏像関係で気になっているのは、かつて論文にも書いた東寺の夜叉神二体のことです。これ、今では夜叉堂というところに入っており、『東宝記』にも夜叉神のことが出てくるので、これがそうだというふうに伝えられているのですが・・・どうも私はこのごろ、これが本来は夜叉神でなかったかも知れないと考えるようになってきたのです。
夜叉神は二体あり、片方を「雌」片方を「雄」としているのですが、どちらもかなり怖い顔をしていますし、両腕を始めかなりの部分が破損しているので、正確な姿がわかりませんから、夜叉神と決定する根拠は考えてみると全くないのです。

で、私の推測は、これが不動明王の脇侍であるコンガラ・セイタカ童子像ではないか、というものです。もちろん、本尊の不動明王が並んでいるわけでもなく、今は失われてしまった可能性が高いのですが、どうも夜叉神の顔つきや姿勢を見ていると、二童子に見えて仕方ない。

これは単なる推測ともいえない「思いつき」なんですが、どなたか証明してくださらないでしょうか? 少なくとも、他に夜叉神像の用例がない(ない、と思いますが)限り、これを夜叉神と証明することは出来ないと思うのですが・・・。

今週日曜日は、金沢文庫の特別展示「鎌倉の学問」と、東博の新春恒例展示である等伯の「松林図」を見に行ってきます。金沢文庫の聖教は一括重文指定されたので、これからはあまり直接拝見出来なくなる恐れがあるかも知れません。
悲しいなあ・・・。どんどん見せていただける資料が少なくなってゆきます。

このように、どうやら、今年のテーマは「骨と死体の文学」をはじめ、美術とかなり深く関わるものになりそうです。勉強せねば。できれば敦煌の「九相図」を見に行くくらいしたいものです。

なお、ちょっと宣伝を。
来週校正が来る『検定絶対不合格教科書 古文編』(朝日選書)の発売日が決まりました。3月16日頃の予定です。新聞に広告が載るらしいので、よろしければごらんください。
もちろん、広告で気になった場合は本体をご購入くださってもいっこうにかまいません、いや、強くお勧めしておきます。
こうやって本を書くと「さぞもうかるでしょう」などといわれますが、「仕込み」に時間とお金がかかっていますので、ほとんどとんとん、悪くすれば赤字です。
いまだに、「大学教授は岩波新書一冊書けば、一生食って行ける」などという昔話を信じている人が世間にはいるんですね・・・。
漱石の時代と違うってば。
あ、漱石の時代に岩波新書はなかったんでしたね。
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2007/02/21(水) 19:48
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