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DATE: 2007/01/31(水)   CATEGORY: 未分類
「お骨」見学してきました
入試シーズンにより、明日からはしばらく更新どころではなくなりますので、今年度最後の書き込みになりそうです。

今回は、自分のメモを兼ねて「お骨と死体」の見学に行った話ですが、その前に・・・

小谷野さん、お読みですよね?

『一冊の本』2月号の小谷野さんの連載「美人好きは罪悪か? 2」を読んでいたら、小谷野さんの女性の好みが書かれているのに目がとまりました。いはく、

「一般的には卵形の顔に和風の目鼻だちが好きだが」
「小柄好みの私の・・・」

ということです。
よかった、私と全く反対のタイプで(^^)
でも、これって佐伯順子さんそのものではないかと思えてしまうのですが、どうなんでしょう。小谷野さんがしきりに佐伯さんを批判したりうらやましがったりするのはすでに「藝」になっているみたいですが、これは、「好きな女の子に好きと言えなくて、ついつい意地悪なことを言ってしまう男の子」と似てません?
それから、小柄で和風顔なら、上野千鶴子さんも充分その範疇に入りますね。十年ほど前、上野さんとバスに隣り合わせになっておしゃべりしたとき、あまりに華奢だったので「かわいい、かも」(今ふうに言うと「萌え」でしょうか)と思ってしまったことがあります。

さて、昨日、某大学医学部解剖学研究室に骨と死体の見学に行って参りました。今年はこのテーマで書くので、ぜひ実物を見ておきたいと思っていたところ、あるHPからこの大学のX先生(事が事だけにご迷惑がかかるといけないので、すべて匿名にしています)と連絡を取り合っているうち、今回の見学が叶ったのでした。
X先生は骨がとてもお好きだそうで、メールをやりとりしているうちに、何か感じるものがあったので、とても楽しみにしていたのです。

いろいろなものを拝見させていただいたのですが、むやみな公言がはばかられるものもありましたので、もっとも興味を持っている骨のことだけを書くことにします。

まず、私が関心を持っているものについて簡単にパワーポイントをお見せしながら説明させていただき、なぜ実物を拝見したいのかをお話しました。PPで「九相図」を写していると、教室のZ教授もやってきて、「膨張相」を一目見るなり「こりゃあ、くさいだろうねえ」とおっしゃるのです。死体の悪臭はかなりのものであるとのことですが、いかんせん、文系研究者が腐った死体に遭遇することなどめったにありません。しかし、X先生もZ教授も、死体=くさい、というイメージがまずわくのだそうです。なかでも水死体がいちばんひどい、などと、院生たちがお弁当食べてるなかで話がはずみます。
「九相図」には不可解なことがあるのです。
この図が解剖学的に正しい描写であることはすでに証明されているのですが、九つの腐敗してゆく場面のうち、ほとんどミイラ化した死体の次に、妙に色つやのよい死体を犬とカラスがむさぼっている図が出てくるんですが、これって順番がおかしくないですか?

これについてX先生にお尋ねしました。
「なぜこんな順番にしたかはわかりませんが、死体が放置されればまず犬やカラスの襲来は免れないでしょう。しかも、犬は力任せに肉を引きちぎりますので、手先や足先は骨ごと取ってゆかれてしまいますよ。だから、この次の「骨連相」みたいなきれいな全身骨格には絶対なりません」
「では、「骨連相」のようにきれいにそろった骸骨にしようとすればどうするのですか」
「犬などがいないとでころに放置するとなりますね」
うーん、「九相図」はどうして犬に食われる「噉食相」があんなにあとに来るのでしょうか。これは、「六道絵」の「人道不浄図」もまったく同じ配列になっています。
死体の様子はリアル、しかし腐る順番はフィクション、ということなのでしょうか。とすれば、なぜフィクションにしたのかを考える必要があります。この図のもとになったとされている「九想詩」の順番にそった、というのなら、「九想詩」はなぜこうしたかという点が謎です。

その後、実物の頭蓋骨(医学用語では頭骨)をいろいろ見せて頂きます。いくら精巧なものでも、レプリカの骸骨は実習には使えないとのこと。細部がまったく違うのだそうです。
持ってきて頂いたのは、インドから医療用に輸入された若い男性の頭骨です。今では人権問題があるのでなかなか入手できないそうですが、こうした人骨はほとんどインドかららしい。
もっとも驚いたことは、頭骨が非常に白くてつやつやしていることでした。とくに漂白したものではないそうです。下顎部ははずれていますが、ほかはきれいに残っています。
「きれいなものですね」と言うと、X先生は嬉しそうに、
「そうでしょう。骨って、美しいんですよ。動物の骨もきれいです」
「意外と重いようですが」
「骨は、保存状態によってかなり違いますね。土中にある場合、酸性土であればかなりぼろぼろになりますし、カルシウム分が多い土なら丈夫なままですよ。海辺もいいですね。大森の貝塚があれだけ残ったのも、海岸だからです」
「なるほど。では、火葬骨はどうですか」
「火葬でも、低温でじっくり焼くと、焼きしまってかなり丈夫です。でも、今みたいに高温で焼いちゃうともろくなりますね」
「どのくらい古い骨が残っているんですか」
「そりゃあ、縄文時代の人骨もありますし、私が今発掘しているのは弥生時代の集落ですが、ちゃんとした人骨が出土します。それに、頭骨ってそのままの形で出やすいものなんですよ」

実は、X先生は動物の骨がご専門だということで、そうした骨も拝見。標本室には、タッパーウエアに入れられた小動物のお骨がラベルを貼られてずらりと並んでいます。
キツネ、タヌキ、などはさすがイヌ科。非常に似ています。ハブの骨格標本なんかは初めて見ましたが、背骨がビーズみたいに糸に通してあってきれい。思わず「ネックレスに、ほしいですね」などと言ってしまった。小猿の頭骨は人間のそれそっくりですが、眼窩が顔に比してとっても大きいのでかわいい感じ。
「目や脳は、すごく早くに作られるんですが、骨はそれらが出来てからまわりを囲むように作られてゆくんです。ですから、(と、先生は人間の頭骨の前頭葉の部分を指さして)ここに脳のシワの跡が見えますね?
これは、先に脳が出来たしるしです」
「ふーん。では、目は?」
「目も非常に早く発生するうえ、子どものころから大人になるまでほとんど大きさが変わらないんです」
「子どもの目って大きくてかわいく見えますもんね」
「そうそう。目はずっと同じ大きさ。だから、小猿の頭骨の眼窩もこんなに大きいんですよ」

次は、ネコの骨を拝見。X先生も動物好きで、お家にネコがいたことがあるといいます。
ネコの頭骨って、後頭部が丸くてかわいく、そそられます。しかし、生きているときは見えないキバがとても長くてびっくりしました。このキバで引きちぎって、奥歯でかむということです。
こうした標本は、人間のものも含め、或程度解剖して肉をのぞいたうえでタンパク質分解酵素の液につけて作ります。「煮るのかと思っていました」と私が時代遅れなことを言うと、「昔は煮ていました」とのこと。

そして、弥生遺跡から発掘された頭骨も持たせて頂きました。これはインドの頭骨とはまったく異なり、ざらざらした表面が土の色に染まっています。下顎が脱落しているうえ、基底部(というのか、いわゆる底の部分)が抜けています。持つと非常に軽い。また、顔の全面に朱色が散っています。
「いわゆる風葬みたいにするとこうなっちゃうんですよ。かなり風化しているでしょう? その朱色は顔料で、魔よけですね」

このとき、とても気になることを発見しました。
頭骨の眼窩の部分はかなり深いのですが、その奥には視神経の束が通るくらいのとても細い穴があいているだけです。そして、このあたりは強度があるので、ほとんど壊れないというのです。
私が思い出した説話、わかりましたか?
そう、例の「秋風の吹くにつけてもあなめあなめ」ですね。
『袋草子』などを始めとする有名な「小町髑髏伝説」です。奥州の野原で「あなめあなめ」という声を聞いた男(業平、とされている場合もあり)が声の主を捜すと、頭骨の目からすすきが一本生えていたのを見つけます。男がすすきを抜いてやると、・・・(このあと、いろいろバリエーションがあります。落語の「のざらし」みたいな話も)。
「あなめあなめ」の正確な意味はわかっていませんが、「あな、目痛し」ではないかというのが共通見解です。

で、本物の頭骨をじっと観察すると、物理的にみて、どうしても眼窩奥の細い穴からすすきが生えるとは思えないのです。もちろん、頭骨が相当傷んでいて、目の底部が抜けてしまっていたということも想像できるのですが、先生にうかがうと、「それほどのダメージを受けていたら、頭骨じたいがばらばらになってしまっているはず」なのだそうです。
細い視神経の束が抜ける穴をかいくぐってくる器用なすすきがあったんでしょうか? うーん、謎。

ほかには、頭の横をまっぷたつに切られた頭骨もありました。実習用で、内部がよく観察できるように切ってある由(骨はしばらく水に浸しておけばかなり切れやすくなるそうです)。上の方を持ってみると、まさに「髑髏杯」そのものだったので、「浅井長政の髑髏杯、できますね」と言うと、先生が「ああ、髑髏杯にするんだったら漆かなにか塗らないともれてしまいますよ。頭骨には縫合部があって、絶対水分がもれるものですし、頭のてっぺんに動脈が通る穴もあいていますから。意外と頭骨って穴だらけなんですよ」「ふーん(なおも未練がましく手放さない私)」

最後にこんなこともうかがってみました。
「もしかして、今までに金箔を貼ったあとのある頭骨は出ませんでしたか」(当然、髑髏法本尊のことです)
「それは・・・見たことないですね。着色したものはありますが。骨ってすぐに色がつけられるんですよ」
「じゃあ、五色の仏舎利は作り物かもしれませんが、もしかしたら動物の骨を削って染めた可能性がありますよね」
「あるかもしれませんね」

このほか、非常にたくさんのことを教えていただき、また、先生にも私の知っている文献資料などをお話し、楽しい数時間がすぎていったのでした。

私がずっと疑問に感じていることの一つに、「なぜ骸骨は怖いのか」というものがあります。西欧でも日本でも、たぶん東アジアでも骸骨はケガレや死を象徴するものとなっているわけですが、これに恐怖感か気味悪さを感じるのは「本能」あるいは「生理的反応」なのか、それとも「文化」なのか、いくら考えても答えが出ないのです。
で、これもX先生に聞いてみましたら、先生が「生理的なものだと思います」と答えました。
「研究室や解剖室なんかにあるのなら何にも感じませんが、もし道ばたや自宅に骨が落ちていたらきっと気味悪いと思うでしょう」
この問題は、あくまで先生の個人的意見であり、各人の生育環境とも関わると思うのですが、やはりわからないままでした。

ほんとうをいえば、私は小さいころ、骸骨がとても怖かったのです。
なぜかというと、うちが診療所であったことは前にも書きましたが、子どもが悪さをしたときよく「××に入れるよ」(蔵、とか、押入、物置、など)といって脅すことがかつてはあり、当時の子どもたちにとってはすこぶるつきの恐怖だったのです。これ、うちの家では「レントゲン室に入れるよ」という脅し文句だったのですが、レントゲン室(レントゲンフィルムを現像する小部屋で、まっくらです)には骸骨の写真(レントゲンフィルムを乾かすためにつるしてあるわけ)がある、という思いこみがあり、私には非常に怖かったのです。
これって、骸骨が怖いのか、それともレントゲン室の怖さが骸骨への怖さに転化したのか、今でもわかりません。
その後、なぜか骨が大丈夫になり、それ以上に「好き」になってしまったので、レントゲン室がなぜあれほど怖かったのかよく思い出せません。
この点について、もしROMのみなさんの体験がありましたら、コメントにぜひ書き込んでくださいませ。

実物の骨を見たからといって研究がどれほど進むかはわかりませんが、今回は非常に貴重な体験でした。しらんことは専門家にきく、というのは、まさにあつかましい関西人そのものですねえ・・・。
それにしても、理系の研究者にも私のやっているような研究をおもしろく思ってくださる方があるというのは嬉しいものでした。これを機会に、どんどんいろいろな分野の方のところにおたずねにゆこうと思っています。
X先生、どうもありがとうございました!

では、みなさん、しばらく更新お休みです。

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2007/02/22(木) 02:54
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